はじめまして。リッツです。このページは、僕の話です。長いので、先にひとつだけ言っておきます。
僕は、スピリチュアルを信じていませんでした。
理系で、自分の目で見たものしか信じない。占いの類は、統計と話術だと思っていました。「引き寄せ」なんて、内心では馬鹿にしていた側の人間です。
その僕が、なぜこんな場所を開いているのか。順番に、話します。
見てもらえない子どもだった
実家には、お金がありませんでした。父はお酒とパチンコの人で、帰ってくるのはいつも夜の22時。母は母で、朝から晩まで仕事に追われていました。学校の送り迎えはいつもおばあちゃんで、夕飯はコンビニ弁当が定番でした。子どもの頃の食卓の記憶は、白い容器の色をしています。
殴られたわけでも、ひどい言葉を浴びたわけでもありません。ただ、見てもらえていなかった。「どうせ自分なんか」という感覚の原型は、たぶんここで作られました。
唯一、没頭できた居場所が武道でした。幼い頃から続けて、黒帯まで行きました。道場にいる時間だけは、自分がちゃんと「そこにいる」気がしたんです。
何をやっても、停滞していた
大学を出て、会社員になりました。結論から言うと、うまくいきませんでした。
仕事は、普通以下。注意力が散って、同じミスを繰り返す。「会社の足を引っ張る存在」——当時の自己認識は、そういうものでした。評価はされず、恋愛も、お金も、何もかもが停滞していました。
そんなとき、本屋で自己啓発の本を手に取りました。「引き寄せの法則」。半信半疑のまま、藁にもすがる思いで始めました。
アファメーションを毎朝100回。感謝ノートを毎晩。友人に誘われるまま、セミナーにも通いました。気づけば、課金の累計は70万円になっていました。
それで、どうなったか。何も、起きませんでした。
「ほら見ろ、やっぱり嘘だ」と冷める自分と、「叶わないのは、自分の願い方が悪いからだ」と責める自分。ふたつのループが、同時に回り続けていました。
もしあなたに似た経験があるなら、あの消耗は分かると思います。疑いながら、すがっている。いちばん疲れる状態です。
どん底と、母の占い
30代に入って、僕は一度、底まで落ちました。極度の貧乏。フリーター。荒れた生活。寝る前に不安を抱えて眠り、ひどいものを食べ、画面の中の他人と自分を比べ続ける毎日でした。
転機は、意外なところから来ました。母が、5年ほど前に受けたという占いの話をしたんです。他愛もない話だと思って、聞き流していました。でも、ふと5年間を振り返ってみて、ゾッとしました。
その予言が、すべて当たっていたんです。
理系の頭は、全力で否定しようとしました。偶然。後付け。思い込み。でも、どうしても説明がつかない。
だったら、自分の目で確かめるしかない。そう思って、僕はその占いの人に会いに行くことにしました。トリックを、あばくつもりで。
九州の島で、見てしまった
その人は、九州の、とある島にいました。神秘の森でも、洞窟でもありません。拍子抜けするほど普通の一軒家の、2階でした。ユタと呼ばれる、霊感を継ぐ一族の末裔だと聞きました。
詳細は、ここでは書きません。ただ、これだけは言えます。
僕は初対面のその人に、誰にも話していないことを、静かに言い当てられました。そして、その日に言われたことは、数年かけて、現実になっていきました。
理系の頭で、トリックの可能性をひとつずつ消していって、最後に残った答えは、ひとつだけでした。
本物は、実在する。
疑っていた僕が、いちばん深く確信することになったんです。
本物を探す旅
そこからは、早かった。本物を探して、旅に出ました。インド。ペルー。タイの奥地。メキシコ。ヨルダン。ネパール。修行のような一人旅を、およそ2年。言葉にできない体験も、しました。その中身は、少しずつ、研究室のメールで話しています。
ここで言えるのは、ふたつです。
ひとつ。本物にも、偽物にも、たくさん会いました。本物ほど、静かで、普通の場所にいました。そして本物は、不安をあおりませんでした。
ふたつ。旅のあいだに、僕の生活は変わっていました。朝、体を動かす。まともなものを食べる。浴びる情報を選ぶ。特別な儀式ではなく、習慣が変わっていたんです。
帰ってきたら、人生が動き出した
帰国してからは、不思議なくらい、トントン拍子でした。旅で変わった生活をそのまま持ち帰って、起業しました。
あるとき、「ピンと来た人」に出会いました。肩書きは、正直よく分からない人でした。ただ、会った瞬間に、軽くなった。僕はその直感を信じて、その人と1年、仕事をしました。
気づいたら、追いかけていた頃の目標を、全部追い越していました。
大豪邸も、スーパーカーもありません。そのかわり、感謝されながら、お金に困らない。時間は仲間との旅に使っていて、かつて夢だった「世界中を旅する」を、いま生きています。
そして、ここが大事なところですが——うまくいき始めてから振り返ると、理由は明確でした。引き寄せは、願い方(オーダー)だけの問題ではなかった。受け取る側の器が整っていなければ、どんな願いも、入ってこない。70万円かけて願い方だけを磨いていた僕は、片輪で走っていたんです。
引き寄せ研究室について
だからこの研究室は、「願い方×受け取り方」の両輪を整える場所です。
来世の徳を積む話は、しません。前世の因縁の話も、しません。今日の仕事。今月のお金。目の前の人との関係。この現世で願いをどう叶えるかだけを、観察と記録で書いています。毎日20時に、研究報告のメールを出しています。
最後に、これだけは伝えさせてください。
ここに書いてきたことを、信じなくていい。疑っていた人間が、疑いきれなかったものの記録です。疑うのは、自然なことです。僕が、そうでしたから。
でも、もしあなたが、かつての僕と同じ場所にいるなら——叶わなかったのは、あなたのせいじゃありません。設計図を、渡されていなかっただけです。
入り口は、無料の電子書籍からどうぞ。
願いは、追うものじゃなく、来るものです。

